注意欠如・多動性障害(ADHD)
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疾患概念
定義・病型
注意欠如・多動症/注意欠如・多動性障害(ADHD)の基本的特徴は,米国精神医学会のDSM-5に従うと,不注意,多動性,衝動性という3種類の主症状の存在によって定義され,神経発達症群に分類されている.DSM-5での大きな変更点は,自閉スペクトラム症autism spectrum disorder(ASD)とADHDとの併存を認めたことである.主症状が12歳未満に2つ以上の状況においてみられる場合に診断される.主症状の組み合わせから,「混合して存在(過去6か月間,不注意,多動性-衝動性を満たしている場合)」「不注意優勢に存在」「多動・衝動性優勢に存在」の3タイプに分類することは変わりないが,DSM-5では下位分類ではなくあくまで現在の表現型を示すのみになった.さらに症状および機能障害の程度により,重症度を3段階で評価することが新たに加わった.
病態・病因
近年,遺伝学研究,神経機能画像検査,認知機能検査などの発展から,ADHDの生物学的基盤を示唆する研究が報告されている.Sonuga-Barkeは,2003年にdual pathway modelを提唱し,実行機能の障害とともに報酬系の障害である“報酬系の強化障害”を提議した.その後,時間的不注意や段取りの悪さを特徴とする時間処理障害を3番目の特徴として加えたtriple pathway modelを提唱している.さらに分子遺伝子研究から,ADHDの発症リスク遺伝子としてドパミントランスポーターdopamine transporter(DAT),ドパミン受容体のD4〔D4 dopamine receptor(DRD4)〕,D5〔D5 dopamine receptor(DRD5)〕など7つの遺伝子関与を指摘し,双生児研究のメタ解析からADHDの平均遺伝率を76%と推定した.これは統合失調症や双極性障害に匹敵する高い遺伝率であるといわれている.複数の遺伝リスクに加え,胎内で母親の喫煙や多量の飲酒に曝露されることでより発症のリスクが高まるという報告があり,ADHDは遺伝的要因と環境要因によって規定される多因子疾患であると考えられている.また,衝動性や多動性などのADHD症状とは別に,ADHD児は児童虐待やいじめ体験などの逆境的体験によって強い影響を受ける.
疫学
DSM-5では,子どものADHDの有病率は5%で,成人は2.5%と記載されている.
経過・予後
現在ではADHDの子どもは成人に達しても約50%は成人期まで何らかの症状が持続し,約35%は成人期にもADHDの診断基準を満たすと報告されている.ADHD症状のうち多動性は加齢に伴って改善するとされるが,不注意や衝動性はむしろ成人になってから問題となってくることもある.DSM-5の項目Aでは,それぞれのクライテリアに具体的な例が加えられ,成人期における症状の表現型に留意したものとなっている.さらに17歳以上においては5項目を満たすことで診断できるなど,成人期における診断基準が緩和された.
診断のポイント
DSM-5では,これまで認められていなかったADHDとASDとの併存を認めた.ADHD,そしてASDには感度の高い生物学的なマーカーが同定されていないため,通常はDSM-5の操作的診断基準の規定に厳密に従って,設定された条件を1つひとつ吟味していくことで診断に至るという方法が最も確実である.また,ADHDとASDの関係に関して,遺伝子や環境因子,またその相互作用におけるASD,ADHDの重なりや相違点についての議論が活発になってきている.ADHDとASDの併存に関しては,両者を認める場合に社会機能や適応能力,実行機能がより低下している傾向があること,ADHD症状に対する薬物治療は効果があるものの,ADHD単独の場合と同等に効果がみられないことや副作用が多いことが指摘されている.認知機能に関しては,ASD症状がより強いほど,反抗的態度や素行の問題,不安症状の重症度が高く,知能指数やワーキングメモリの機能が低いこと,運動機能の障害を認めることも報告されている.ASDにADHD症状を伴う場合に,ASDの特性から生じる不注意や多動性という視点でアプローチするほうが有効である可能性もある.症状の背景の成り立ちを1つひとつ丁寧に評価していくことが重要となる.
親や教師による自記式評価尺度は存在するが,それがカットオフポイントを超えるだけでADHDと診断する短絡的な方法は推奨できない.症状の場面による特性や,それらの時間的推移を評価するためには,評価の補助ツールとして親や教師による自記式ADHD評価スケール(ADHD-RS)や,子どもの精神状態の包括的評価のための親用評価スケールであるアッヘンバッハによる子どもの行動チェックリストchild behavior checklist(CBCL)などを用いることは推奨される.
その一方で,ADHDの特徴として,多彩な併存障害を示すことが挙げられる.身体疾患の鑑別としては,甲状腺機能亢進症,てんかん,脳腫瘍などがあり,除外は必須である.このため,また,脳波検査や脳画像診断,および通常の生化学検査や内分泌検査は確定診断のために実施する必要がある.また,限局性学習症,知的能力障害の鑑別診断,併存診断も重要になる.このため,WISC-Ⅳを中心とする知能検査は必須である.WISC-Ⅳの結果から知的能力障害の鑑別診断が可能となるだけでなく,限局性学習症を示唆する資料を得ることもできる.
治療
薬物療法
わが国で現在ADHDの保険適用が承認されている薬物は,中枢神経刺激薬の長時間作用型メチルフェニデート(コンサータ薬)と,非中枢神経刺激薬である選択的ノルアドレナリン再取り込み阻害薬のアトモキセチン(ストラテラ薬)の2種類だけである.コンサータは,2007年10月,ストラテラは2009年6月にそれぞれ保険適用が承認されている.その後2012年夏にストラテラ,2013年末にコンサータに対して,それまでの小児期に加え成人期への適用追加が承認され,使用可能となった.
「注意欠如・多動性障害(ADHD)の診断・治療ガイドライン第3版」の薬物療法アルゴリズムでは,第一選択は「コンサータ薬とストラテラ薬のいずれか」とし,有用性が不十分な場合は,「コンサータとストラテラのうち先に選択しなかった薬剤」となっており,どちらも第一選択としてよいことになっている.2016(平成28)年7月の段階でこのガイドラインは改訂作業が進んでいる.欧米の薬物療法ガイドラインを概観すると,第一選択薬として長時間作用型薬物が位置づけられ,さらに長時間作用型薬物のなかでは第一選択薬として長時間作用型メチルフェニデート(コンサータ薬),第二選択薬としてアトモキセチン(ストラテラ薬)が位置づけられ,うつ病,不安障害,チック障害,薬物依存が併存している場合,親がメチルフェニデートへの抵抗が強い場合,24時間効果が持続する必要がある場合には,ストラテラ薬が第一選択薬になる.
また,薬物療法を行う際には,血液生化学検査や心電図検査を行うことは必須である.薬物療法を継続しているときには,少なくとも6か月おきに血液生化学検査,心電図検査を行うことは必要だろう.
ADHD児に薬物療法を開始するときには,子ども自身や保護者による薬効の評価を過大視しないこと,薬物乱用の家族歴の有無などを確認し,しっかり服薬管理をできるかどうか家族機能について評価すること,保護者や学校の教師に評価尺度の記入を依頼し薬物療法の効果を評価することに注意を払う必要がある.
1.コンサータを選択する場合
コンサータ薬は12時間有効な血中濃度を維持できる薬物である.作用の出現はすみやかで,数日のうちに何らかの効果が見いだされる場合が多い.18mg錠と27mg錠があり,初回投与量は18mgである.
以下に初回処方例を挙げる.
処方例
1) コンサータ薬錠(18mg) 1回1錠 1日1回 朝
この処方で効果が不十分であれば,1週間以上あけて9mg(時に18mg)ずつ増量して十分な効果が表れた量を維持量とし,最大でも54mgを超えてはならないとされている.副作用は,睡眠障害と食欲抑制が多いが,多くの場合は軽度である.食欲抑制は昼食時のみの場合が多いので、夕食の量を多めにするなど1日の総カロリーを維持するように指導する.食欲抑制は経過とともに改善していくが,時には中止せざるを得ないときもある.
また,服用開始後に悪心,頭痛などが生じるために内服が難しくなることもある.
コンサータ薬の添付文書に記載されている禁忌としては,強い不安や重症のうつ病性障害をもつ場合,緑内障,甲状腺機能亢進症,狭心症などの身体疾患に加え,運動性チックのある患者,トゥレット症候群またはその既往歴・家族歴のある患者とある.コンサータは,乱用しにくい剤形であるが,乱用を防ぐために服薬状況には常に注意を払わなくてはならない.
2.ストラテラを選択する場合
ストラテラ薬は,効果が発現するまでの期間が長く,十分な効果を得るためには4-8週程度かかることがある.ストラテラは,症状が深刻ですみやかな症状の改善を求められている場合には選択しにくい薬物であるが,効果が1日中持続するという特徴がある.ADHD症状のために,起床後の準備,夕方から夜間にかけての活動に明らかに困難がある場合はストラテラ薬を第一選択とすることが多い.コンサータで禁忌とされているチック障害,強い不安や緊張,あるいは重症の抑うつ状態では第一選択となる.さらにストラテラは乱用の対象とはなりにくく,コンサータ薬のように流通規制を受けていないため処方医が登録制にはなっていない.
そもそも患者には不注意症状があるため,服薬を忘れやすく,ストラテラの効果発現まで規則正しく服薬できるように患者や家族にわかりやすく服薬の重要性を伝える必要がある.
副作用としては,食欲不振や嘔気などの消化器症状や傾眠が多いが,多くの場合は軽微であり,経過とともに改善することが多い.また,まれに頻脈や高血圧,心電図のQT延長などの循環器症状が生じることもあり,さらには攻撃性などの精神症状が出現することもある.禁忌は,重篤な心血管障害,褐色細胞腫,閉塞性隅角緑内障となっている.
基本的には,コンサータ薬,あるいはストラテラ薬を単剤で至適用量まで投薬し,評価尺度などを用いて効果判定を行い,効果がなければ漫然と投薬せずに中止する.
3.第三選択薬
コンサータ薬でもストラテラ薬でも効果のないケースや,副作用のためにいずれの薬物も使用できない場合には第三選択薬を考慮する必要がある.「ADHDの診断・治療ガイドライン第3版」の薬物療法アルゴリズムでは,カルバマゼピン薬(テグレトール),バルプロ酸ナトリウム薬(デパケン)などの感情安定薬,リスペリドン薬(リスパダール)やハロペリドール薬(セレネース)などの抗精神病薬,フルボキサミン(デプロメール薬)をはじめとする選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)や三環系抗うつ薬などがわが国の臨床医の間で用いられてきたとしているが,そのADHD症状に対する効果についてはいずれも限定的である.さらに,コンサータ薬とストラテラ薬の併用を挙げている.ただし,現時点では2剤の併用はエビデンスが乏しく,むしろ心血管系の副作用の点などからは避けるべきであろう.
参考文献
1) 齊藤万比古,渡部京太(編):注意欠如・多動性障害(ADHD)診断・治療ガイドライン.第3版,じほう.2008
2) 中西葉子,飯田順三:注意欠如・多動症/注意欠如・多動性障害.神庭重信(総編集),神尾陽子(編集):DSM-5を読み解く 1.pp75-85,中山書店,2014
3) 根來秀樹:落ち着きのない子どもをどのように診るか-ADHDを中心に.青木省三,村上伸治(編集):専門医から学ぶ児童・青年期患者の診方と対応.pp78-87,医学書院,2012